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兵庫県西宮市 ishikinomori ヒプノセラピスト yamaの日記 ヒプノセラピーセッションはishikinomoriサイト(ishikinomori.wixsite.com/ishikinomori)にて受付中です。

心配を全くされない

 

もう一ヶ月も前だろうか

むちゃくちゃ気持ちがいい夢を見た。

今でも感覚だけ覚えている。

 

わたしは、その夢の中で

これまでに味わったことのない

解放感いっぱい!の世界にいた。

夢の中の世界、そこは

「心配を全くされない」という世界だった。

ストーリーも何もない、

ただそれだけが感じとれる夢だった。

 

朝目が覚めて

その夢の感覚を思い出し、

(心配を一切誰にもされないというのは

なんて心地がいいことなんだろう)と思った。

 

不思議だなー。

 

今結構、

自由気ままに生きていて(たぶん)

それは

家族からなーんにも言われない、というのも

大きな助けになっていると思う。

 

「心配されない」というのは

のびのびできる。

ありがたいなあと思う。

 

心配されない、というのは

言いかえれば

信頼されている、ともいえる。

 

だからこそ、ありがたいなあって思う。

 

そんでまた

スピリチュアル的な、ある視点で見ると

わたしがわたし自身を信頼できるようになってきたから

この状況が生まれてるのかもなあと、思ったりしてる。

 

それは、いろんな本や

引き寄せの法則があることを知ったことや

冷えとりやヒプノやらの

クリーニングツールのおかげだと思ってる。

 

振り返れば、ここ3〜4年でえらい浄化を経験した。

セッションだって自分自身のクリーニングだと捉えている。

いろんな角度から浄化を体験させてもらって、

ありがたいなあ・・とこれまた思う。

浄化があるたんびに、どんどんエネルギーが変わっていって

どんどん楽になっているのを実感している。

 

考えてみれば

どうしてこんなことになったのだろう?

そんでまた

なんでヒプノのセッションを

させてもらってるんだろう?

ほんとに不思議だ。

 

ふしぎふしぎ、ふしぎだらけだ。

でも、それでいいのか。

そういうもんなのか。

 

宇宙マッサージのプリミ恥部さんの言葉に

「気を使うと(気を使われても)即死する」とあったが

心配しても、心配を誰かにされても

見えないエネルギーは、その瞬間吸い取られて

いるのかもしれないなあと思った。

 

心配はやさしそうに見える。

けど

実はそんなカラクリがある、と

 

まあそう気づきつつも、

「心配しない」というのは

わたし自身も、なかなかできなかったりする。

 

例えば子供達のこと。

年々、心配しないようになってきてるなあ

と、自分目線では思うものの

まだまだ

「ママは心配性やよね」と子供からは言われたりする。

 

先日、夕飯を作ってる時に

息子に塩をかけるのを頼んだ。

普段あまり手伝いを頼んだりしないので

大丈夫かな、ちゃんとできるかな、と

ちょっとした心配が出た。

塩を料理にフリフリかける息子。

見ていると思うような加減にならず、

やっぱり自分でやればよかったかな?と

思った。

そしたらそのうち、塩の蓋が外れそうになり、 

あーやっぱり自分でやったほうがよかった!と思い

「かしてっ!ママがやる」と言って、

とうとう塩を取ろうとしたら

 

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と、息子が言った。

 

で、塩の蓋は外れず、無事にかけ終えたのだった・・・。

 

なんだかその時の

大丈夫、大丈夫、信じて

というのが心に残って

 

いい言葉だねえ

とか言いながらほんわかしていた。

 

そうだなあ

信頼信頼と思ったりした。

 

「心配」というのは

自分にも周りに対しても

「なし」で大丈夫なんじゃないかな?と思う。

 

心配のない世界

というのは実は、

もんのすごく心地が良い。

 

そんではまた!

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