ishikinomori yamaの日記

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かみさま 真実はひとつ 崇めること

 

「神」とはなんだろう?と思う。

 

もともと信仰心がないので詳しくない。

仏教と禅の違いもよくわからない。

キリスト教バラモン教の違いもよくわからない。

なんも知らない。

勉強も嫌いだったから、言葉も知識も

普通の人より知らないことが多い。常識にも疎い。

 

だけど、こういうことは考えまくる。

神。宇宙の真理。真実。ほんとうのこと。

 

あーだこーだ考えてると、楽しい。

考えるだけでなく、ここに書くと整理できる。

おまけに誰か同じような感覚の方が読んでくれて

感じたことをメールしてくれたりする。嬉しい。

きっと同じ感覚の方はいる。

私もいろんなブログを読んだり、

そのとき会いたい人に実際に会いにいき、お話を聞いてみる。

発信者の方が、色々な心の内をあけっぴろげにして

ブログなどで書いてくれたり、

トークライブで話してくれるのを聞くと

あー一緒だ、と嬉しくなる。

 

最近

「崇めるものなどない」という言葉がよく浮かぶ。

それは、以前からも、なんとなーく思っていたんだけど

私はたぶん、崇めがち(?)。

 

神社に行ったり

特に(こないだのサムハラ神社みたいに)

写真になんだか得体の知れないものが写ってたりすると(笑)

「神さまだー!すごーい」なんて、急に崇めてしまう。

 

んでも、

「あ、神さまって自分だった」と思ったりもする。

 

純粋無垢な自分=神さまで

一人一人の中にいる。

静かにして、自分の心に聞いてみれば

いつでもコンタクトを取れるし、導いてくれてる。

もっと統合してつながれば、ひとつになり

「じぶんそのまま」となる。

統合・つながるには直感に従うこと。

直感は神(本当の自分から)の言葉だから。

そこを大切に生きていれば、

「本当の自分」がどんどん顕現してくる。

 

神さまという存在は、源や魂や大いなるものや

ハイヤーセルフやら、いろんな名前で呼ばれてる。

 

自分の中にあるもの。意識。

だけど、それは個人のものではなく

「全体」とつながっていて

たどっていくと結局は「たったひとつ」。

 

こないだの、あーす・じぷしーさんのイベントでの

「真実はひとつ」という言葉が印象に残ってる。

 

それではまた♪

ishikinomori  yama